【前編】海外でもっとも成功したラーメン店 /味千拉麺

更新日:1月18日

国内外でFC含め801店舗を展開



重光産業

熊本県菊池郡

重光克昭社長(53)



今年フランチャイズ事業開始50周年を迎えた老舗ラーメンチェーン「味千拉麺」。

中国やマレーシア、シンガポールなど、東南アジアやヨーロッパにも積極的に進出しており、海外では日本発の外食系FCとしては最多の734店(本誌調べ)を展開する。

 創業者である父からバトンを引き継ぎ、「味千拉麺」を日本を代表するチェーンに育て上げた重光克昭社長に話を聞いた。


(ビジネスチャンス2022年2月号より)


重光 克昭社長(53)

 

―食品製造業の不振でラーメン店運営に着手―国内で直営・FC合わせて67店舗 (別ブランドを含めると73店舗)を出店する一方、海外ではその10倍以上の734店舗を展開されています。最近は海外展開を図るラーメン店が増えていますが、これだけの店舗を出店しているチェーンは他に聞いたことがありません。

重光 メディアに「海外でもっとも成功しているラーメン店」というような取り上げ方をされることが多いですね。現在、日本を含む14カ国・地域に進出しています。大半は中国にあり、 他にシンガポールやカンボジア、フィリピン、モンゴル、イタリア、フィンランド、アメリカ、カナダ、ニュージーランドなどにもあります。



「味千拉麺」本店


―そもそも「味千拉麺」は、どういったいきさつで誕生したラーメンチェーンなのでしょうか。

重光 創業者である私の父はもともと、専門店向けに生麺や調味料などを製造する会社を経営していました。しかし、味の評判は良かったものの経営状況は芳しくなく、会社は徐々に傾いていきました。そして、このままやっていても先が見えないと考え、1972年に新たに重光産業を設立し、「味千拉麺」の店舗展開を始めたと聞いています。1号店は7坪8席の小さな店でしたが、当時は豚骨を使ったラーメン自体がまだ珍しく、評判はすぐに広まり、かなり繁盛したそうです。


―1号店の出店と同時にフランチャイズの募集も開始されました。当時は日本でフランチャイズをやっている会社自体が少なかった時代です。加盟募集はうまくいったのでしょうか。

重光 結構あったようですね。もちろん、最初からいきなり全国展開したわけではなく、まずは熊本県内で店舗を増やし、70年代の中旬以降になって県外でも加盟店を募るようになりました。


―フランチャイズには、主にどのような方が加盟されているのでしょうか。

重光 今はご夫婦でされている方がほとんどです。今年の10月末時点ではFC59店舗に対して49名のオーナーがいますから、ほとんどの方が単店でやられています。2店舗以上やっているという方はわずかですね。


―現在では、豚骨系に限らず、ラーメンのフランチャイズチェーンはたくさんあります。加盟される方は、「味千拉麺」のどこに魅力を感じておられるのでしょうか。

重光 味が気に入って加盟される方が大半です。これは今も昔も変わりません。


―最近は少数のオーナーに多店舗経営してもらおうという本部が増えています。

重光 本部として単店を推奨しているわけではないので、若い方や法人で契約されているところに対しては、出店できそうな場所があれば2店目、3店目を勧めるにようにしています。これから多店舗オーナーを増やしていきたいと考えています。


豚骨を使ったラーメンがまだ珍しかった時代に創業


故郷に錦を飾った台湾出店は失敗に終わる



―「味千拉麺」のフランチャイズの歴史を語る上で欠かすことができないのが、海外展開についてです。最初に出店されたのは台湾でした。

重光 実は、台湾は私の父の生まれ故郷なんです。知人も多かったことから、「故郷に錦を飾る」ではないですけれど、「海外に出るなら最初は台湾」という想いが、かなり早い段階からあったようです。結果的に22年かかりましたが、1994年に台湾に海外1号店を出店することができました。


―冒頭でも触れたように、現在はさまざまな国と地域に進出していますが、その中に台湾はありません。

重光 当社としてもかなり力を入れて店舗を増やしました。しかし、最終的に12店舗まで増やしたところで経営が立ち行かなくなって撤退しました。最初の海外挑戦は、見事に失敗に終わったわけです。


―当時は海外に進出している日本の外食チェーンも少なく、今よりも海外展開のハードル自体が高かったと思います。失敗の原因はどこにあったのでしょうか。

重光 台湾での事業は当社単独ではなく、現地の法人と合弁会社を作って行っていました。しかし、スタートは良かったのですが、パートナーが次第に我々の意見に耳を傾けてくれなくなっていきました。そのうち「この味は台湾の人の口に合わない」というようなことも言い出し、勝手に麺やスープの味を変えてしまいました。でも、お客様は正直ですよ。味が変わった途端に売上は激減し、2年ちょっとで全店舗を閉めました。「味千拉麺」と名乗って別の商品を提供していたわけですから、当然の結果です。ただ、私はこの失敗をパートナーのせいにするつもりはありません。原因は、現地のことをよく分からないまま始めてしまった我々にあると考えています。


―その後、間もなく中国に進出され ました。

重光 台湾で失敗した後はしばらく、海外は控えていました。しかし、リッキー・チェンさんとデイシー・プーンさんという、香港出身の2人の実業家が我々の味に興味を持ってくれたことがきっかけで、再びチャレンジすることになりました。とはいえ、我々としてはもう失敗できませんので、ライセンスを出す代わりに、現地に工場を作ってくれという条件を付けました。2人は、我々の要望を嫌な顔一つせずすべて受け入れてくれました。信頼できる パートナーに巡り合えた瞬間でした。それで香港を皮切りに、中国での店舗展開がスタートしました。事業は予想以上にうまくいき、2007年に彼らは上海市場に上場しました。


(後編「現地のパートナーのやる気を損ねない柔軟性が大事

    中国とシンガポールでは加盟店が上場」へつづく)


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