【ハローリンクス】脱サラメガジー社長・多くの逆境を乗り越え「スクールIE」42校舎へ

公開日:2025.06.03

最終更新日:2025.06.03

※以下はビジネスチャンス2025年6月号から抜粋した記事で、内容は取材時の情報です。

 ハローリンクスは、個別指導学習塾の「スクールIE」を42校運営するメガフランチャイジー企業だ。榊原良幸社長は、20年以上続けたサラリーマン生活に終止符を打ち、FC加盟による独立の道を選んだ。今でこそ年商10億円を超える企業に成長したが、2003年の創業から現在に至るまで多くの逆境を乗り越えてきた。脱サラメガジー社長の成功の軌跡を聞いた。

Chapter1 現在

 ハローリンクスは関東圏を中心に「スクール IE」42校、「チャイルド・アイズ」1校を展開している。在籍する従業員数は67人で、2024年6月期の年商は10億300万円だ。やる気スイッチグループ(東京都中央区)が展開する「スクールIE」のトップフランチャイジーである同社は、スクールIEに加盟する全オーナーの中で最多の出店数を誇り、昨年のグループオーナー総会表彰式では、最優秀オーナー賞を受賞した。

2040年までに売上高100億円 企業価値向上のため上場も視野に

 個別指導学習塾は個人開業で数校舎を運営するオーナーが多く、同社のように大規模に多店舗展開をするケースは珍しい。現在、同社は2030年までに50校舎の達成を掲げる。このほか、介護事業会社ハートネクサス(埼玉県白岡市)を立ち上げ、住宅型有料老人ホームも運営。ホールディングス化することで体制強化を図っている。
 同社は2040年までに全社の売上高を100億円へ伸ばすことを目標に据える。その過程の1つとして2028年には東京プロマーケット市場への上場を目指す。上場することで会社の価値を高め、良質な人材の採用へと繋げたいという。
 このように自社の将来を見据え着実に歩を進めているが、榊原社長の起業のいきさつは、現在とは程遠い、場当たり的なところからスタートしている。

2023年10月開校のスクールIE朝霞台校

2024年やる気スイッチグループオーナー総会

Chapter2 退職

 今でこそメガフランチャイジーとなった榊原社長だが、元々はサラリーマン生活を22年経験した脱サラ組だ。勤め先を退職したのは、脂の乗った43歳の時。その時は突然だった。

キャリアを積み副部長まで昇進 トップとの不和により43歳で退職

 小学生の時、父親の転勤にともない名古屋から埼玉に移り育った榊原社長は、高校卒業後に地元のホームセンターである島忠に入社した。同社は1890年創業の、家具の販売やホームセンターの運営を行う企業だ。
 1980年に入社した榊原社長は、家具の配達からキャリアをスタートさせた。同社は1982年に東証2部上場、1991年に東証1部上場と成長し、若くして営業部の副部長へと上り詰めた。
 転機が訪れたのは、バブル崩壊の時だった。当時、メディアでは「リストラ」という言葉が連日、報道されていた。業績の良かった島忠でも早期退職者制度が実施された。当時43歳だった榊原社長もその流れに飲まれることになる。そのきっかけは、当時の同社トップである島村政男氏との不調和からだった。
「ある休みの日、島村さんから突然家に電話がかかってきたので何かと思ったら、『お前給料下げるからな』と(笑)。私はサラリーマン時代に一言多いとよく言われていたので、オーナーの中で積み重なる物があったのでは無いでしょうか。私は『わかりました。じゃあ辞めます』と返事をし、その日のうちに退職届を出しました(笑)。今となっては、あの時電話がかかってきたことがきっかけで辞めて良かったとすごく思います(笑)」(榊原社長)

島忠勤務時代の榊原社長

Chapter3 独立

 売り言葉に買い言葉が災いし、突如エリート街道から脱落することになった榊原社長。当然、次のキャリアを考えていた訳ではなく、退社後半年間は今後の自身の身の振り方を考えることから始まった。その後スクールIEに加盟することになるのだが、きっかけは自身の身近なところに転がっていた。

自己資金は1200万円 地域貢献のため学習塾FCに加盟

 退職の翌日から“プー太郎”となった榊原社長。以降の半年間は、ウォーキングをしながら考え事をするのが日課となった。自分の将来について考えを巡らせる中で、一つ心に強く決めていたのは「サラリーマンはもう嫌だ」ということだった。
 しかし、サラリーマン時代は営業職だったこともあり、独立後に生かせる技術や知識は無い。そこでFCに加盟することを思いつき、自身の条件に合うブランドを探し求める。ただ当時のFC加盟にかけられる自己資金は、退職金1000万円のうちの600万円。国金(現:日本政策金融公庫)から借りられる融資額も600万円で、約1200万円の事業資金で始められるブランドを選定する必要があった。
 一方で、榊原社長自体の心境にも変化が生まれてくる。きっかけは、子どもを持つ親同士の交流だった。仕事を辞めたことで土日に時間ができ、子供を通じてコミュニケーションを取るようになる。地元の良さを改めて実感し、地域に貢献できる事業を始めたいと思うようになる。
 そこで焦点を当てたのが学習塾の経営だった。当時は、それ以前まで学習塾業界の主流だった集団指導型の勢いが衰え、個別指導塾に人気が集まり始めた時期でもあった。そんな中、数あるブランドの中からスクールIEへ加盟する決め手になったのが、創業者とのフィーリングだった。
「たまたま松田正男さんと会う機会があったので話を聞いていると、島忠の島村さんとそっくりだと感じたのです。当時はまだスクールIEも40校舎ほどだったと思いますが、会社を大きくしたい思いが非常に強い方で、数字にすごくこだわりを持っていました。その様子を見て、これは勝てるぞと確信しました。高卒の自分が塾なんてできるのかという不安もありましたが、松田さんに相談すると『榊原さんは講師をしたいのか?それとも塾経営をしたいのか?経営をするなら高卒でも塾はできる。経営をやればいいんだ』。実は松田さんご自身も高卒だったのです。今思うと、この一言が大きかったですね」(榊原社長)

Chapter4 初出店

 スクールIEに大きな可能性を見出した榊原社長。その予想は的中し、1校舎目の運営は幸先良いものとなった。その後も個人加盟オーナーとして塾経営を続けていたが、図らずも自身の経営者としての在り方を見つめ直すきっかけとなったのが東日本大震災だ。それまでは個人としての成功を目標としていたが、震災を機により社会性の高い企業経営者としての意識が芽生える。

2003年に初出店を果たす 震災が会社設立のきっかけに

 2003年6月、念願の1校舎目を埼玉県白岡市で開校。初出店の白岡校は、開校1年後には100人の生徒数を集めることに成功した。
「当時はまだ個人事業主だったので100人の生徒を集めると500万円程の利益が出ました。学習塾は、売上の規模は小さいですが手を抜かず運営すれば高い利益率が維持できます」(榊原社長)
 スムーズな運営を可能にした要因について、榊原社長は次のように振り返る。
「私は学歴が無く塾の仕事の経験も無かったので、社員教育に自信がありませんでした。そこで本部の取締役に交渉して、採用した社員を直営店で修業させてもらうことにしました」(榊原社長)
 5年が経つ頃には生徒数は200人を超えており、十分に利益を出すことができていたため、増店への意欲がそこまで高まることは無かった。
 その後、安定的な2店舗経営で数年間が経過したが、榊原社長の心を動かす大きな出来事が起こった。2011年の東日本大震災だ。震災で社会状況が一変した当時を榊原社長は次のように振り返る。
「大きな揺れで電車が止まってしまい、電車に乗っていた人がトイレを借りるために白岡校に来たことや、テレビで被害を見たことがきっかけで“覚醒”しました。自分や家族のためではなく、社員のために会社を大きくしようと決意したのです」(榊原社長)
 経営者として大きく心変わりした榊原社長は、事業計画を練り目標を定めた。その時に決めた目標は、2030年までに50教室体制を整えること。また同年9月には法人化し、ハローリンクスを設立。
 新規出店の際は、自ら出店地の選定のために現地まで足を運ぶようにした。
「今はエリアの商圏分析は全て本部がやっていますが、当時はそのようなものが無かったので自分で調べました。実際に自分の目で見ていると、これは絶対に失敗が無いという確信が持てるようになるのです。しかし、自信をもって自分で見つけた3校目の東鷲宮校はスーパーのテナントだったため、本部には猛反対されましたけどね(笑)」(榊原社長)
 榊原社長が見つけてきたのはスーパーマーケット「ダイエー」内のテナント。路面店以外の物件では出店を行っていなかったことを理由に本部から反対を受けたのだ。しかし「自己責任」という言葉のもと、榊原社長は出店を強行した。するとそれが効果てきめん。約2年弱ほどで、生徒数100人を達成した。
 その後も積極的に出店を行っていくが、一方である課題にも直面していた。それが人材の採用だ。当時は社員の出入りが激しく、さまざまな人材が入社しては辞めていった。
「人材採用の重要性を強く実感した時期でした。その悩みを東京で出店しているオーナーに話したところ、東京は求人の母数が桁違いだと知り、これはもう東京に出るしかないと思いました」(榊原社長)
 榊原社長は東京出店の決意を固めた。家賃相場の高さがネックになるが、東京に出るからには中心地への出店を目指す。焦点を定めたのは東京都目黒区だ。とはいえテリトリーの問題があるため、増店は榊原社長よりも先に東京都内に出店しているオーナーが優先される。しかし榊原社長は「家賃が高すぎるため、絶対に自分まで順番が回ってくるという確信があった」という。その予想通り榊原社長に目黒出店の声がかかり、2018年に目黒校を開校した。風向きが大きく変わった瞬間だった。「目黒校を開校した時、家賃の半分は本社登記のためという考え方で出店しました。生徒を集めるのも苦労することなく、販促が全く要らないほどでした」(榊原社長)

スクールIE白岡校

Chapter5 拡大戦略

 個人加盟のオーナー時代とは打って変わって、経営者としての広い視野で立て続けに増店を成し遂げていく榊原社長は、2030年の目標達成を使命に掲げ、次なる店舗数拡大戦略として積極的なM&Aを実施していく。

積極的なM&A戦略で増店を加速 西日本や九州へ拠点拡大

 店舗開発と人材採用の2軸の基礎を固めたことで、増店にさらなる拍車がかかった。2018年に11店舗だった運営校舎数は、2019年に15店舗へと数を伸ばした。
 同時に、積極的なM&Aも行った。2022年に静岡県のオーナーから4店舗、その翌2023年には福岡県のオーナーから7店舗を譲り受けるほか、本部からの譲受案件も積極的に取りに行った。その結果、店舗数は一気に拡大し、2024年に運営教室数は43店舗となった。
 榊原社長によれば、学習塾経営を失敗させないためのリスクヘッジとして多店舗化は必須だという。加えて「潰れていく教室には共通点がある」と語る。
「販促費を削って自分主導で事業を進めていくことで利幅を稼ぐ方法が、駄目になる第一歩だと分析しています。たとえば、100人の生徒で年間の利益が約1000万円の場合、販促を削っても初年度は生徒数が変わらないままなので、1000万円から1100万円のように利益が大きく跳ね上がります。しかし一度出費を絞ると、手近なところから手を付けてしまうため、利益が落ちてきてもさらに販促費を減らすようになるのです。また、長く事業を続けていると、どんな企業も絶対に色褪せていきます。そのため、1店舗だけで続けていくというのは非常に危険だと思います」(榊原社長)

白岡校勤務の講師(左)と榊原社長

Chapter6 将来

 試行錯誤と分析を繰り返し、トップフランチャイジーへと登り詰めた榊原社長。さらなる発展のカギとなるのは、チームでの取り組みだ。長期的な事業の継続を目指してホールディングス体制の強化を図る。教室数50店舗達成は、目前に迫った。

企業成長のためチーム作りを重視 新ブランドへの加盟を本格開始

 榊原社長によれば、展開済みエリアである静岡や福岡にはまだまだ出店余地があり、50店舗達成後も出店は継続していく。そのためには獲得した社員をじっくり育て、離職が起こらない体制づくりを行う必要がある。会社の成長発展のために必要なことはチームワークだと語る。
「創業当初の自分の勢いや思い切りを社員に押し付けることはできませんし、今の時代に通用するやり方ではありません。そうでなければ、長く商売ができないだろうと思っています。当社には、今では息子に加えて私の右腕左腕も揃っているので、会社の規模がある程度の大きさになった段階からはチームで動き、効率を考えた仕事にシフトするのが強いと思います」(榊原社長)
 新たなブランドへの加盟も検討中で、来年度から本格的に加盟を進めていく。
「松田さんに感じるものがあってスクールIEに加盟した時のように、やはり夢や熱い思いを持っている創業者に惹かれます。会社は、オーナーの人を引っ張る力次第だと思っているからです。そのため、新しくFCに加盟するとしたら、そのような人が作るブランドに加盟したいですね」(榊原社長)

スーパーのテナントで開校したスクールIE東鷲宮校

会社概要
ハローリンクス
代 表者 榊原良幸
所在地 東京都目黒区
創 業 2003年6月
資本金 300万円
従業員 67人 ※2025年2月時点
売上高 10億300万円 ※2024年6月実績
事業内容
●個別指導塾スクールIEの運営
●小学校受験指導幼児教育チャイルド・アイズの運営

榊原 良幸社長(65)
さかきばら・よしゆき
1960年1月生まれ、愛知県名古屋市出身。1980年に株式会社島忠に入社。20年間の勤務後、2003年6月に現・やる気スイッチグループのFCに加盟し、スクールIE白岡校を開校。2011年9月に株式会社ハローリンクスを設立し、代表取締役に就任。2024年1月に株式会社ハローリンクスホールディングスを設立。同年株式会社ハートネクサスを設立し、介護事業を展開。

 

 

 

 

 

 

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