3人の大物創業者から得た知見をもとに新会社を始動・ナック、タマホーム、ヤマダHDでの軌跡/絆ジャパン

絆ジャパン

東京都新宿区

増田文彦社長(61)


絆ジャパンは、コインランドリーのFC事業や工務店のDX化、営業支援事業などを展開す る企業として今年4月に設立。同社率いる増田文彦社長は、大手上場企業3社の創業者の右腕として活躍してきた人物でもある。還暦を迎えてからの新たなチャレンジ、そして3人の大物経営者から学んだ要素について話を聞いた。

(2021年ビジネスチャンス8月号「注目企業にFOCUS」より)



増田文彦社長(61)

PROFILE ますだ・ふみひこ

1984年武蔵工業大学工学部卒業。アメリカ留学の後、西山由之氏が起業した株式会社ナックで、社内ベンチャーとして工務店の支援事業を立ち上げる。その後、タマホーム株式会社専務取締役、2014年からは株式会社ヤマダ電機(現株式会社ヤマダホールディングス)にてヤマダホームズ株式会社代表取締役社長、代表取締役会長、株式会社ヤマダ住建ホールディングス代表取締役会長を歴任。2021年4月株式会社絆ジャパンの設立と共に、代表取締役社長に就任する。

)代表取締役社長に就任。第二創業


―御社の事業内容はどういったものでしょうか。

増田 コインランドリー「ピエロ」のFC事業や工務店のDX化・営業支援事業をメーンに、M&A仲介、鑑定証明システム事業、エネルギー関連事業などを展開する計画です。コインランドリー「ピエロ」はナック創業者の西山由之名誉会長が立ち上げた事業で、現在全国で430店舗を展開しています。コインランドリーは、中小企業経営強化税制に対応した節税商品として注目されています。この税制は資本金1億円以下、従業員1000人以下の法人や青色申告者に適用され店舗価格の70%を一括償却することが可能です。当社の場合、コインランドリーをご購入いただいた後の運営は全てこちらで行いますので、オーナーの方は毎月の売上数値のみご確認いただければよい仕組みとなっています。

また鑑定証明システム事業は、今後の市場健全化に大きく貢献できると考えています。これはブロックチェーン技術と組み合わせたICチップを製品に埋め込み、スマホアプリで物流経路や商品情報などを読み取ることで、高級ブランドのコピー品を確実に見抜くという真贋判定の仕組みです。

創業期から業界トップまでの道を支える


―様々な領域で事業を考えておられますが、ご自身のキャリアはどのように始まったのでしょうか。

増田 ナック入社がスタートでした。実は10歳の頃から西山会長とはご縁がありました。西山会長がダスキンから身を起こす際、そこで母がパー トで働いていたのです。のちに26歳で母を亡くしてからは駄菓子屋を継ぐことになり、コンビニ経営を始めました。その後 29歳から2年間、西山会長の薦めで米国留学をしたのちナックに入社し、1990年に社内ベンチャーとして建築コンサル事業を立ち上げました。ちなみにその時の顧客で、一番大きく成長した会社がタマホームです。95年にナックは店頭公開し、翌年36歳で私は役員に 就任しました。その後97年に東証2部へ変更、99年の1部昇格へ尽力しました。


―ナック時代のキャリアがきっかけで、タマホームに移られたわけですね。

増田 タマホームの玉木康裕社長とは、98年に福岡で出会いました。当時の玉木社長は社員3人で創業したばかりで、モデルハウスもありませんでした。私が広告や営業戦略のコンサルタントを担当しました。「いかに安く作って、いかに販売するか」というノウハウは、それまでの住宅業界にはなかった発想です。日本に住宅の新スタンダードを作るという玉木社長の考えに共感しました。そしてナックとタマホームで業務提携して「レオハウス」を立ち上げ、私はナックを退社してタマホームの専務に着任しました。タマホームの地盤は九州であるため、東北に進出するにあたってはタマホーム東北という会社を別に設立し、そちらの社長に着任しました。タマホーム東北では2年目に売上100億円を達成し、 13年にタマホーム専務として、東証1部上場を果たしました。


―東証1部上場の年に、ヤマダ電機(現・ヤマダホールディングス)へ移籍されました。

増田 ヤマダ電機の住宅事業立て直しのために、山田昇会長からお声がけをいただきました。同社では06年に買収した住宅メーカーのエス・バ イ・エルが上手くいっていなかったのです。そこでヤマダ・ウッドハウスを起業し、同社を軌道に乗せた後、エス・バイ・エルを吸収合併してヤマダホームズと社名を変えました。また昨年3月には、自分がナック時代に立ち上げたレオハウス、9月にはヒノキヤグループのM&Aにも携わりました。ヒノキヤは東証1部上場企業ですが、ヤマダ傘下に入った方がより経営が安定するということで、126億円での買収をしました。このようにこれまでの3社を通じて住宅事業のベンチャー事業部を作っては、次のステップへ進んできました。


経営の根幹は「最大公約数」あることを知る


―それぞれの創業社長の右腕として培ったものとは。

増田 西山会長からは「真実は現場にある」ということを教えてもらいました。営業の基礎ですね。なぜ売れないのかは、全て現場を見れば分かります。モデルハウスなら雑草が生えていたり、手抜き掃除になっていたりということです。ヤマダ時代もこの教えを生かし、全国の現場に足を運んでは、エス・バイ・エルが赤字の原因を探りました。私が行くと言うと社員が出迎えてしまうので、 抜き打ちチェックのために自前のベンツで回りました。気が付けば、6年79日で50万キロ走行していて、エンジンも一度入れ替えました(笑)。

玉木さんから教わったことは、胆力と経営判断です。彼は何もないところから起業し、大胆に1000〜1500坪の広い土地を借りて住宅展示場と事務所を建ててしまった。自分の借金と同額の保険に加入して、まさに命懸けです。覚悟を持った思い切った投資で、一気呵成に畳みかけるやり方を学びました。

山田会長はオーナー社長として一代で2兆円企業を作られた、いわば歴史上の人物です。非常にきめ細かい配慮が勉強になりました。大変に厳しい、関係が近づけば近づくほど怖い人でしたね。


―バックボーンの違う3人の経営者たちに共通点はありますか。

増田 目標を立てたら日本一に突き進んでいく姿勢が共通しています。西山会長は主婦の三大労働の軽減を掲げてダスキンで日本一、玉木社長はハウスメーカーに真っ向勝負して日本一の注文住宅ビルダーに、山田会長はメーカー主導の系列店形式から脱却し、日本一の量販店に成長させました。また、人材育成に力を入れる点も共通しています。優秀な人材を集めるのではなく、集まった人材を教育して「人財」とすることこそが、企業発展の肝だと学びました。


―これらのキャリアを経て、増田社長が今大切にしていることは。

増田 部下との関わり方です。部下には極力負担を掛けないように努めています。たとえば部下と一緒に食事に行ったら領収書は切りません。割り勘の仕方も3人で1万240円なら1万円私が出して、残りを2人に任せるようにしています。部下は一挙手一投足見ていますからね。オーナー社長であっても見られているのに、サラリーマンならもっとシビアな視線で見られていると思ってよいでしょう。そうした付き合い方のおかげで、キャリアを転々とする中でも付いてきてくれる部下もいます。付いてくるたびにご家族が泣いているという話もあるようですけどね(笑)。


ヤマダウッドハウス第1号店開店時に山田会長と



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