販売代理店からグローバル化するビジネスへ発展

アントプレナー精神でコロナ後もチャレンジ/I.Fujita International



I.Fujita International

藤田 一郎社長


米国のフランチャイズの歴史は、100年前にさか上る。時代の変化によって、ビジネスの需要も変わり、それと並行してフランチャイズビジネスもその時代にあった形態に変っていったのである。“米国FC業界の100年の歩み”を追うことによって、過去、現在、未来の米国でのフランチャイズのあり方を検証したいと思う。


藤田一郎社長


 

Ichiro Fujita:プロフィール

上智大学国際学部および南カリフォルニア大学国際学部出身。1980年にI. Fujita International, Inc.を設立。1986年から米国フランチャイズ案件の日本導入事業に着手。2000年以降から日本フランチャイズ案件の米国導入事業及び加盟店開発を行う。米国のアントプレナー誌からExcellent Entrepreneur Awardも受賞。最も米国フランチャイズ事情に精通している人物として認められ、近年は、フランチャイズのグローバル化に貢献し、多方面で講演を実施。日本フランチャイズ及び小売企業の北米進出サポートやコンサルテイングを行っている。

 

現在の商標、ビジネスフォーマットをベースにしたフランチャイジン グ(Business Format Franchising )は、1940年代に始まり、マクドナルドハンバーガーが稼働した1950年代に本格化したと言われている。それまでのフランチャイズビジネスは、商品の流通を主体にしたディストリビューションフランチャイ ジング(Distribution Franchising ) が主流であった。



ディストリビューション フランチャイジングの到来(1851年〜1920年代)


ミシンの世界的メーカーとして知られるシンガーミシンは1851年にフランチャイズ方式の販売代理店制度を設け、見事に事業拡大を成功させた。工業革命がスタートした20世紀に入ると時代は、米国の生活に欠かせない、車(Ford 、GM等のディーラー)、ガソリンスタンド(Chevron)、飲料水(Coca Cola) が普及した。この時代に沿って、これらの企業は、シンガー同様、販売権、製造権について、デイストリビューションフランチャイジングを導入し、次々と成功を収めた。



ビジネスフォーマットフランチャイズブランドの誕生(1930年〜1950年代)


1930年代を皮切りに、数多くのなじみ深い飲食のファストフードブランドが誕生している。フライドチキンの先駆者として知られるKentucky Fried Chicken (1930年)、ホットドッグとソフトクリームのDairy Queen (1940年)、世界的なドーナツチェーン として知られるDunkin'Donuts (1950年)、大手バーガーチェーンのBurger King (1950年)とMcDonald's (1955年)などが代表的なブランドである。これらのブランドが現代のファストフードのフランチャイズブランドの基礎を築き上げたといっても過言ではない。飲食以外にもホテル業界の異端児、Holiday Inn、コンビニの大手チェーン(7-Eleven )が誕生したのもこの時代であり、全米レベルで何百から何千のロケーションでブランドが短期間で開業した。



フランチャイズビジネスが社会的、経済的に認知される(1960年代)


1960年代に初めて現在の米国フランチャイズ協会(International Franchise Association)が誕生し、 業界としての秩序と連邦政府、州政府への働きかけの体制が構築された。今では珍しくないが、マクドナルドがファストフード業界として上場を果たし、米国フランチャイズ業界としての起爆剤になったことがトピックに挙げられる。

またこの時期にビジネスフォーマット方式が確立したこともあり、60年代に1店舗単位で販売するシングルユニットフランチャイズから、複数の加盟店数を販売できるシステム としてエリアフランチャイズが誕生した。一定の地域で加盟店募集もできるマスターフランチャイズ契約などが典型である。



情報開示書(Franchise Disclosure Document)の誕生(1970年代)


1960年代の成功例が増えたことにより、フランチャイズビジネスは、安易に金儲けができるという誤った概念が広まった。フランチャイズビジネスの投資家を、そのような詐欺事件から守ろうと作成されたのが情報開示書(FDD: Franchise Disclosure Document)である。現代のフランチャイズビジネスが公平に運営できる最大の理由は、FDDによってフランチャイズのチェックアンドバランスが確立されたからである。FDDには項目が含まれるが、代表的な項目には、(1)フランチャイズ本部の正式名と住所(2)代表者名及びプロフィール(3)訴訟歴(4)投資の内訳(5)既存の加盟店の住所と代表者名(6)加盟金(7)ロイヤルテイ等の基本情報が含まれている。



フランチャイズビジネスのグローバル化(1970年代〜1980年代)


米国のフランチャイズビジネスのグローバル化が本格化したのは 70年代、80年代である。 70年代にグローバル化した代表的なブランドとしては、コンビニ7-Eleven 、ハンバーガーチェーンのマクドナルドやバーガーキング、フライドチキンのKFC、ドーナツチェーンのダンキン、ピザチェーンのシェーキーズ等があり、これらは日本も含め世界中に広まった。米国のフランチャイズビジネスのグローバル化が加速した最大の理由は:(1)グローバル市場進出によって、事業のリスクを国内と海外に分散化できること(2)グローバル化は自社の投資でなく、国内で構築したブランド、ノウハウをマスターフランチャイズという形で、資金的にはノーリスクで達成できること(3)ハリウッド映画の影響もあり、米国でのライフスタイル(特に飲食)を求める海外の国々が増えたこと(4)米国に増えた移民が米国ブランドを自国に強くアピールしたことなども、その理由の一つである。その後、1990年代からは何よりもインターネットの普及により、リアルタイムで米国本部から海外の市場をコントロールできるようになったこともグローバル化した大きな要因となる。



サービスフランチャイズの拡大時期(1980年代)


女性の教育水準が驚異的に上がった1980年代、共働きの夫婦の増加も一つの引き金となり、ありとあらゆるサービス業がフランチャイズの主流になった。自宅の清掃業、ペイントサービス、ブラインド設置業などが急成長した時代である。同時期は車関係のサービスフランチャイズが普及した時代でもある。オイルチェーン専門JiffyLube 、 GREASE MONKEY が代表的なブランドである。



教育フランチャイズの普及が目立った90年代(1990年代)


90年代特有の時代背景もあり、数多くの教育フランチャイズが普及した。日本同様、米国でも少子化が目立つ中、英才教育を重視した教育ビジネスが成長した。2歳児から6歳児を対象に、想像力を高める独自の教育方法を提唱したFas TracKids 、Gymboree 、アートスタジオで知られるColor Me Mineなどの加盟店が急速に増えた時代である。インターネットやPCの普及によって、パソコンスクールのフランチャイズも成長した。New Horizons Computer Learning Centers等が代表的なフランチャイズである。塾で知られるKUMONが、日本からのフランチャイズとして初めて1000店舗の加盟店を達成したのも90年代だ。


(後編へつづく)


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