22歳で抱えた借金20億円今や年商250億円企業群/カトープレジャーグループ加藤友康社長兼CEO

最終更新: 10月28日

カトープレジャーグループ

(東京都千代田区)

加藤友康社長兼CEO

東京・大阪・NYなど11店舗を展開しているうどん店「つるとんたん」や、高級旅館「ふふ」、沖縄でのリゾートホテルなど、レジャー・エンターテイメント事業を幅広く展開し、年商250億円を誇るカトープレジャーグループ(KPG 東京都千代田区)。同社を率いる加藤友康社長兼CEOは、父親の事業を22歳で継承。多額の負債を抱えながらも選択と集中により事業を再生させた。(※2020年10月号「我が社の事業継承」より)


加藤友康社長兼CEO(55)

Profileかとう・ともやす

1965年3月18日、大阪府大阪市生まれ。5人兄弟の三男。父親の事業を大学4年生で引継ぎ、所有していたホテルをリニューアルし成功を収め、本格的にプロデュース事業に着手。「麺匠の心つくし つるとんたん」を始め、今日に至るまで、ホテル、レストラン、また公共施設の再生を含め、数多くのプロデュース実績を残している。


事業の選択と集中進めるうどん店路線変更で人気店に

KPGの前身は、1962年に父親が創業した洋裁店。「父親は商売熱心な人で、洋装店を皮に、レコードレーベル、ホテルやうどん店など様々な事業を一代で広げていました」(加藤友康社長)。

レコードレーベルでは、上方落語のレコードを手掛けた会社として有名だったという。

5人兄弟の三男として生まれた加藤社長は、実業家の父の影響か、大学生の頃には既に、音楽やイベントに関わる仕事を行っていた。そのため、「将来はエンターテイメント分野での仕事を考えていた」(加藤社長)という。

ところが、加藤社長が大学4年生、1987年に父親が急死してしまう。「事業はその数年前から徐々にうまくいかなくなっていました。兄弟はいましたが、父親の商売を継げるのは私しかいなかった。迷いに迷った末、父親の事業を一代で終わらせるわけにはいかない、と一念発起して継ぐことに決めたのです」(加藤社長)。

社長になった当時のグループの売上は4億円弱、一方で借入金は20億円もあった。加藤社長は20歳そこそこで大きな借金を抱えることとなった。

加藤社長はまずは数ある事業の中から、洋裁店などをたたむ一方、自分の得意分野の事業へと選択と集中を進めた。「うどん店は、私も中学生の時にアルバイトしていたため、非常に馴染みがあった。この店を内装や器など、少し付加価値をつけたらどうかと考えた」(加藤社長)。

父親の出身地である香川にちなんで展開していたうどん店だったが、味は定評があったものの、他店との競争で埋没してしまっていた。そこで、コシのある讃岐うどんと大阪のダシをあわせた店に作り変えた。もくろみは当たり、地域でも有名な人気店となった。これが「うどん懐石」などとして、のちの「つるとんたん」の多店舗化に繋がった。

エンターテイメント事業に関わっていた経験を元に、返す刀で不動産分野では、所有していたホテルをエンターテイメント化して付加価値をつけてヒットさせた。ここで不動産投資とホテル運営についてノウハウを学んだ。これがのちの高級旅館やリゾートホテル開発に繋がっていく。

ホテル内ディスコを企画運営 借入金は5年で返済


これらの成功で、加藤社長のプロデュース力は、大阪でにわかに注目を集めるようになった。加藤社長の元には様々な案件が舞い込むようになったのだ。バブル最後の時代、声がかかったのは大阪のシティホテル内でのディスコのプロデュースだった。ここで加藤社長はクライアントの期待に見事に応えたのだった。

これらの実績で当時花形職業だった「空間プロデューサー」にも多く出会うことになったが、加藤社長は彼らの話には違和感があったという。彼らはもともと何億円もの資金を託されている。中には大事なクライアントの資金を湯水のごとく使う人間もいた。一方、加藤社長は融資を受けるなど、自ら資金をかき集め、必死の思いでビジネスを行ってきた。

「プランニングだけでは、この事業は成功しないと強く感じていました。結局、箱だけを豪華にしてもサービスが悪ければ流行らない」(加藤社長)。

内装だけでなく、スタッフの接客、オペレーションなど全てを自分で手掛ける必要がある。クライアントの期待に答えるためには、全て自分で責任を負う覚悟がいるのだ。「そのため、やるからにはトータルにやるべきだと考えた。事業の依頼を受けたクライアントに、利益が上がらなければお金もいらない。収益の保全もする。だからオペレーションから、収益にいたるまで全て当社が責任を持ちます、と話したのです」(加藤社長)。これが現在の「トータルプロデュース」の原点だ。

 加藤社長は成功体験を重ね、徐々にレジャー・エンタテイメントのプロデュース事業にシフトしていく。24歳だった1989年、称号を現在のカトープレジャーグループ(KPG)に変更した。借入金は5年で返済することに成功した。「縁があり、仲間になってくれた社員たちも増えた。クライアントからの信頼もいただけるようになった」(加藤社長)。

自治体からの案件も増加 破綻した観光施設を再生

現在、KPGはホテル、フードサービス、公共リゾート、スパ、エンターテイメントなど、多岐にわたるレジャー事業開発を行うプロデュース企業になった。


▲六本木にある「麺匠の心つくし つるとんたん」

グループ内には、多種多様な事業を展開するプロデュースチームが存在し、クライアントや投資家からのさまざまな要望に対して、立地やニーズに合わせ、変幻自在な業態開発を創出している。代表的な事業として「箱根・翠松園」、「HEINZ BECK」「麺匠の心つくし つるとんたん」、「Ka fuu Resort Fuc ha ku CONDO・HOTEL」、「九州の旬 博多廊」などがあり、Sma ll Luxury Resortをコンセプトとした「ふふシリーズ」は「熱海 ふふ」「ふふ 河口湖」の他、今後更なる多店舗化を予定している。

加藤社長は話す。「父親は、様々な事業に手を出していましたが、共通しているのはお客さんを喜ばせたいというものでした。そのDNAは受け継がれていると思います。私は常に事業を行うとき、父親ならどうしただろうと考えます。なんでも自分でやるのではなくて、自分は得意分野に特化し、他者は社員や外部の専門家などに任せることで、プロデューサーに徹していることが成長要因だと思います」。

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