逆境下では「実行する」こと自体が戦略 今こそ起業家は強いリーダーシップを/上場請負人 中澤信雄の成功道入門 最終回


ゲスト

ハーバード大学経営大学院

教授

国際基督教大学 理事長

竹内 弘高氏


竹内 弘高氏(左)と中澤 信雄氏

 日本を代表する経営学者の一人として活躍する竹内弘高氏は、国際基督教大学の理事長を務める傍ら、ハーバード大学経営大学院の教授として日米の懸け橋となるべく活動をしている。アントレプレナーを生み出す土壌のある米国と常に比較される日本には、何の要素が足りないのか。教育と企業経営の双方から話を聞いた。(※2021年2月号「中澤信雄の成功道入門」より)



竹内 弘高氏(74)

PROFILE たけうち・ひろたか

1946年、東京生まれ。69年に国際基督教大学を卒業後、71年にカリフォルニア大学バークレー校にてMBAを取得。76年にハーバード大学経営大学院講師、翌年にはカリフォルニア大学バークレー校にて博士号を取得。87年には一橋大学商学部教授に就任。その後2010年に一橋大学名誉教授、ハーバード大学経営大学院教授に就任。19年には国際基督教大学理事長に就任。専門分野は競争戦略、知識経営、マーケティング(新製品開発)、インターナショナル・ビジネスなど。野中郁次郎氏と共著の「TheKnowledge-Creating Company」は、1995年度の全米出版協会のベスト・ブック・オブ・ザ・イヤー賞(経営分野)を受賞。

父親が望んだ進路を土壇場で変更 きっかけは先輩たちの議論


中澤 竹内先生に初めてお会いしたのは、先生がアメリカ留学中の1970年代後半の頃だったと記憶しています。その時にお話ししたことで今でも印象に残っていることが、竹内先生のお父様の話。半ば強制的にインターナショナルスクールに行かされたというお話。当時の時代背景からするとお父様の判断はすごく先見性があったと思います。


竹内 私の父は元々三越に勤めていたのですが、自身にデザイン力があることを知って独立、指輪やハンドバッグ、ブローチなどのデザインを行っていました。それを職人の方に作ってもらい、銀座の店舗で販売していました。当時は戦後すぐの時代だったので、銀座で買い物される方々は結構ハイカラな人が多く、父は英語が話せなかったので苦労したみたいです。だからこそ、これからは英語だと。「未来はこうなる」といったものを嗅覚で感じ取っていたのかもしれません。


中澤 ご自身が苦労された分、自分にないものを息子には与えたいと思ったんでしょうね。


竹内 「お前は12年間このインターナショナルスクールに行って、アメリカの大学に行くんだ」という構想があったのだと思います。戦後の混乱期でありながら、父はそれをチャンスだと判断したのだと思います。父はすごくポジティブで、自分の商売も含めて、息子に未来を託した。


中澤 ただインターナショナルスクール卒業後はアメリカに行かず、国際基督教大学に進学されています。これはどういう経緯だったのですか。


竹内 実は1964年のオリンピックがきっかけなのです。私の父が日本馬術連盟の役員をしていたため、通訳をやれと言われたのです。この時はスポーツごとに大学が通訳として指名され、国際基督教大学が馬術でした。馬術には24名の通訳が付いたのですが、その中で国際基督教大学以外は私と麻生雪子さん(※麻生太郎氏の妹)だけ。麻生さんは実際に馬術をしていたこともありましたが、私は父親が馬術連盟の役員をしていたということもあり、大学生ではありませんでしたがその中に入れていただきました。

オリンピック期間中は軽井沢の万平ホテルに2〜3週間泊まり込みました。その時に国際基督教大学のお兄さんやお姉さんと寝泊まりしたのですが、驚きました。ハイデッガーがどうだとか、ニーチェがどうだとか、聞いたことのない名前を出しながら夜な夜な議論していたのです。また私はインターナショナルスクールに通っていたので英語が上手くて当たり前ですが、彼らはフレッシュマンイングリッシュを1年間学んだだけで上手だった。単純に「こういうお兄さんやお姉さんみたいになりたい」と思い、3カ月後の入試の時に国際基督教大学しか受けませんでした。


中澤 お父様はびっくりされたんじゃないんですか。


竹内 怒り狂っていました(笑)。ただ最終的には大学院はアメリカに行くからということで許してもらいました。多分、私は自己主張が強かったのかもしれません。ただ今思えば、国際基督教大学に行ったことがきっかけで色んなことがある。初日に会ったのが、今の妻ですし(笑)。


中澤 実際、ICUに行ったことで在学中にバークレー校に留学することにもなりましたし、それがご縁でその後共著まで出版することとなった野中郁次郎氏とも出会うことになっているわけですから、原点はICUかもしれませんね。


日米の教育の違いは教養土台の有無 大学卒業後のキャリアにも影響


中澤 竹内先生はICUを卒業後、マッキャンエリクソン博報堂(現:マッキャンエリクン)に勤めた後、バークレー校でMBAを取得、その時に出会った野中郁次郎氏から誘われて学術の世界に入ります。中でもハーバード大学で教鞭を取られた期間が長いと思います。そこでお聞きしたいのは、日米の教育方法についての違いはどのようなものがありますか。


竹内 まず日米の教育についてですが、リベラルアーツ(教養教育)という言葉の解釈が全く異なります。アメリカの大学は、リベラルアーツというファウンデーション(土台)を学ぶ場所です。そしてその上で専門性を求める場合は、ビジネススクールやメディカルスクール、ロースクールというように大学院に行きなさいと。大学の規模を問わず、人間の基礎を4年間かけて学ぶのです。


中澤 まずは基礎となる教養が必要だと。


竹内 リベラルアーツというとヒューマニティのコースばかりかと思うかもしれませんが、その中にはSTEM(Sc ience 、Tec hnology 、Eng ineering 、Mathematics )がしっかり入っている。そういう意味では基礎になっているのです。そしてこれをまずはどこの大学でもいいから学びなさいと。でも日本の場合は、最初から文系・理系で分けられてしまう。文系の人たちはリベラルアーツのSTEMを学ばないですし、理系の人たちは歴史や哲学を学ばない。学んだとしても教養課程でちょこっと学ぶだけで、メインではない。だからものすごく中途半端なんです。


中澤 確かに基礎となる素養をしっかりと学んでいた方が、どの分野にいっても可能性が高まると思います。日本にも同様の流れが必要ですね。


竹内 私がICUの理事長を引き受けた大きな理由は、ICUは1953年からずっとリベラルアーツを基礎として教えているためです。たとえばICUでは、当初から4月入学と9月入学がありますが、最近まで日本の大学は4月入学しかなかった。ただ世界を見るとこれがグローバルスタンダードなんです。また文系・理系で分類したり、偏差値で人間を決めるようなシステムはアブノーマルだと思っています。


中澤 大学を卒業した後のキャリアについても日米で異なりますか。


竹内 現在、ハーバード大学では毎年900名が卒業しますが、その70%の生徒がハーバードの卒業生を一人しか雇用しない会社に就職しています。要するに、2〜5人といった小さなスタートアップに就職している、あるいは自分で起業していることを意味します。これは私が最初にハーバードへ行った1976年とは様変わりしています。当時は70%の生徒がIBMやアメリカンエクスプレス、GEといった大企業に就職していた。ところが今や70%がスタートアップです。


中澤 それは日本とは大きな違いですね。何かきっかけがあったのですか。


竹内 10年前にハーバード大学の学長になったニーティン・ノーリア(Nitin No hr ia )という人間がものすごく大きなギアチェンジをして、教育方針を変えたのです。これはリーマン・ショックを引き起こしてしまったのは、我々の卒業生ではないかというところから来ています。Max im ize shareholder va lue .(株主価値を最大化する)といったことを言っていたために、もしかしたら原因を作ってしまったのではないかという反省です。


中澤 確かに興味深い考察です。でもその学長さんも、なかなか思い切ったことをされましたね。


竹内 彼は元々インド人で、ハーバードの歴代学長で初めてアジア人として学長になりました。彼の国籍も影響していると思いますが、東洋の思想を持っているので、「knowing (知識・学識)もいいけれども、我々がやらなければならないのはbe ing (いかに)という考え方を持つか」ということ。そしてそれを学ぶためには、do ing (実行)しなればいけないということを言っています。 ですから現在、私が教えているフィールドスタディでは、毎年日本に45名の学生を連れてきて、東北などに連れて行って実際に様々な現場を見せています。これはdo ing のクラスですが、これまで130年間、ハーバードでもなかった授業です。それまでは単位をとるというのはcase discuss ion(ケース討議)でないとできなかった。しかし私は学長の影響もあってこのような取り組みができ、それが結果としてスタートアップに就職する生徒が増えたと思っています。



中澤 日本では学歴の高い人材は経営企画部などに配属され、そこで様々なデータをもとに中期経営計画などを作る業務に従事します。プランニングするのも大事ですが、あまりそれだけに偏ってしまうのも良くないですね。


竹内 頭の良い人の弱点は、over │p lann ing (考えすぎること)やover │ana lys is (分析しすぎる)ことです。色々と考えるのはいいんだけど、じゃあそれを実際に実行するのかといえば、プランで終わってしまう。その上ドラッガーも著書で言っていますが、未来は予測できない。つまりころっと変わってしまうわけです。実際新型コロナウイルスによって3年前に立てたプランなどは何の意味も持たなくなってしまったわけですから。確かに今は東大でもアントレプレナーは多いです。彼らが何かの想いを持っていれば問題ないですが、overana lys is 、分析麻痺症候群に陥って自分のプランに酔いしれてしまうと、ものすごい悲惨なことが起きると思うんですよね。


起業家に必要なのは「知恵袋」番頭の存在が必要


中澤 知識は備えていて不利なことはありませんが、一方で本当に大切なのは知恵を身に付けること。竹内先生が直近に出された著書「ワイズカンパニー」にもその必要性が語られています。


竹内 「mother ,s wisdom 」。日本的に言うとおばあちゃんの知恵袋。私も小さい頃から母親に繰り返し言われたことなんかは覚えているのですが、必ず誰にでも一つや二つはあるのです。たとえば、「ご飯粒は一つも残すな」といったものです。これは母親が人生において大事だからこそ、色々と叩き込んでくれたものだと思います。 ナレッジとウィズダムの違いというのは、実施しているかどうかということ。アントレプレナーやスタートアップの方は、常に失敗と成功のせめぎあいの中にいます。どうやってサバイブしていくかという。その中ではウィズダムが必要なのです。そしてベンチャー企業にとってのウィズダムとは、番頭さん。番頭さんの存在が必要で、そこからある程度先人の知恵を学ぶ必要があると思っています。



〝知は生まれた瞬間から陳腐化が始まる〞

新たな創造の必要性を好機と見るか危機と見るか


中澤 竹内先生は野中先生と一緒に、1995年に「知識創造企業」という著書を出版されています。ここで知識創造には、暗黙知(言葉や図式として表現できないが、明らかに存在する知識のこと)と形式知(暗黙知の対義語。言葉や図式、数式などで表現できる知識のこと)が交換することで、新しい知が生まれるともおっしゃっています。


竹内 知というのは、新たに生まれた瞬間から陳腐化が始まります。ですから常に作り変えていかなければならない。このように常に創造していかなければならないというのが、知識創造理論です。ですから時代が変われば、当然新しい知が求められます。そして現在のコロナ禍の状況になった時には、これをチャンスと見るかピンチと見るか、それは経営者次第です。しかしピーター・ドラッカーが長年言ってきたように、「未来は予想できないけど、未来は創る」。そして誰が創るかといえば、それは企業。そしてその中の誰が創るかといえば、それはCEOであり、ファウンダーなのです。


中澤 目まぐるしく環境が変わる中では、常に新たな知が求められている。


竹内 私たちは本の中でも「ビジョンが大事だ」ということを書いていますが、ビジョンというのは「どんな未来を創る」ということが定義です。ですから我々が15年後に「どんな会社になりたいか」ではなく、「どんな未来を我々が作りたいか」ということ。その想いが強いのが経営者やファウンダーです。しかしそれが時代を経て段々サラリーマン化していってしまう。でもパッションやパーパス(目的・意図)、存在意義などを持っている経営者であれば、リーマン・ショックが起ころうが新型コロナウイルスが拡大しようが、関係ない。「これを実行する」ということ自体が戦略になるのです。


中澤 確かに直近では新型コロナウイルスによって、目先の予想すら難しい状態です。そこに揺るがぬ道筋をつけるのは、強いリーダーシップですね。


竹内 日本企業は内部からのイノベーションがなかなか起きない反面、外圧に対してはすごく反応する。そういった意味では、今回の新型コロナウイルスは外圧ですから見方によっては好機なのです。その時に「社会にインパクトを与える」や「こういう未来を創りたい」といったことをリーダーが発信できれば、社員も道筋がはっきり見えてきて団結できるのです。



中澤信雄  東京コーパス総合研究所代表

PROFILE・なかざわのぶお

1944年8月7日、熊本市出身。早稲田大学卒業後、野村証券に入社し海外投資銀行部門を20年渡り歩く。常務取締役、専務取締役を経て、1997年国際証券社長に就任。三菱証券社長、国際投信投資顧問会長を経て、2003年、事業創造大学院大学初代学長に就任。2006年から現職につき、国内外の幅広い企業で顧問を務める。

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