ファミリービジネスはリスクの少ないベンチャービジネス/ 星野リゾート/星野佳路代表【前編】

星野リゾート

長野県北佐久郡

星野佳路代表(60)


星野リゾート(長野県北佐久郡)の星野佳路代表は、軽井沢の温泉旅館4代目として1991年に事業を継承した。本人曰く「ハードランディングだった」経営改革を経て、「所有」と「運営」を分離したビジネスモデルに転換、一介の地方旅館から海外にも進出する国内で有数のホテル運営会社となった。星野代表は現在、「ファミリービジネス」の研究をライフワークとして次世代の事業継承者に様々な提言を行っている。「ファミリービジネスはリスクの少ないベンチャービジネス」と語る星野代表に話を聞いた(※2021年4月号「事 業 承 継トップインタビュー」より)





星野佳路代表(60)

Profileほしの・よしはる

1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2001~04年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。現在、運営拠点は、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の 5 ブランドを中心に、国内外45カ所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。

2度の世界大戦や震災等 過去を教訓に事業を継続


――コロナ禍で中小企業は苦境に立たされています。日本にある約420万社のうち90

%がファミリー企業といわれていますが、その多くは中小企業です。


星野 ファミリー企業でも当社のような100年以上続いている企業は少ないのではないでしょうか。長く事業を続けていると危機的状況は定期的に直面します。当社も2度の世界大戦、震災などいろいろなものを経験してきました。


――ファミリー企業の中には、コロナ禍で事業意欲を失い、廃業やM&Aによって淘汰されていくのではないかといわれています。


星野 M&Aを淘汰と捉えるのは違うと考えています。ファミリービジネスは創業時の事業とは異なるような新しいビジネスの方式で活性化されていく機会がある、と考えており、M&Aもその手法のひとつだとています。コロナ禍で困難に陥り経営者として厳しい経営判断を迫られる場合もあるかもしれません。


持続できる可能性や、新しいビジネスチャンスがないかを検討するべきだと思います。ファミリービジネスは、短期的な成長よりも長期的に持続可能性を探るのが強みであり、特徴だと考えています。


1991年4代目として社長に ビジネスモデルを大転換


――1991年社長(現代表)に就任して様々な改革を行ってきました。


星野 まず成長分野に位置づけたのは観光でした。当社は温泉旅館やスキー場も運営しています。そして国内施設の運営力を高めて実績を積む先には海外があると考えました。


▲2005年に開業した「星のや 軽井沢」

――その考えに至ったきっかけというのはあったのですか。


星野 私はコーネル大学への留学時代にホテル業界の変遷を見る機会がありました。あの時アメリカ経済は、インフレで利息8〜10%で景気も良くありませんでした。丁度同時期にホテル業界の所有から運営に特化するビジネスモデルが出てきたことに注目し、今後日本でもこうしたビジネスモデルが主流になると考えました。


一方日本では、同じ時期に日本のホテル会社が世界に出ていった時期でしたが、失敗しているケースが多いようでした。難しさを感じると同時に、課題さえクリアできれば、日本の運営会社が世界に出ていけるのではと思ったのです。


▲「星のや 軽井沢」山路地の部屋

――当時からホテル業界のあるべき姿が見えていた。


星野 私はその時シカゴでホテル開発に従事していましたが、よくアメリカ人にいわれました。「なぜ日本のホテル会社がアメリカで西洋のホテルをやっているんだ?」と。彼らからすれば不思議だったのです。私たちは日本に西洋ホテルがあることに何の不思議もありませんでしたが、その延長線上で海外展開を始めたことは、世界の人から見ると、日本の運営会社がアメリカでなぜ西洋ホテルを展開するのか不思議だったようです。


それはあたかも寿司職人がNYに来てフランス料理店をやっているようなもので、現地の人は食べたいとは思わないでしょう。私たちは日本の文化を背負っていますし、期待されていると感じます。


――そこのアプローチ方法が大事なのですね。


星野 だからこそ日本旅館の運営に辿り着きました。東京・大手町に開業した「星のや 東京」は、その試金石です。都市で通用する日本旅館は海外の都市でも通用すると考え、こだわった施設です。


――その当時はここまで来るとは思わなかった。


星野 経営者はまず目先のことを考えなくてはならない。だからこそ、強化する先にいろいろなことが展開できました。


(後編に続く 4/5UP予定)

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